純子
蜜柑
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もくじ
「秋の夜の会話」の作者・草野心平
というわけで今回取り扱う作品は、草野心平が書いた詩、「秋の夜の会話」です!
「秋の夜の会話」は、とても短い会話文の詩なのですが、その短さの中にぎゅぎゅっと生命の切なさが詰め込まれており、読んだ後に少し寂しい気持ちになってしまうところが魅力的な詩なのです!
蜜柑
純子
そう、草野心平といえば、「カエルの詩の人か~」といった感じで認識されていた方も多いかもしれませんね。
草野が出版した詩集、『第百階級』では、全篇にわたってカエルを取り扱った詩が掲載されています。
こういうと、まるで草野が無類のカエル好きのように思われるかもしれませんが、当の草野本人は『第百階級』のあとがきにて、「僕は蛙なんぞ愛してゐない!」と書き残していたようです。
とは言いつつも、その後も結局、草野はカエルをテーマにした詩作を続けたようで……。
蜜柑
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今回紹介する「秋の夜の会話」ですが、この「会話」というのも、実はカエル同士の会話なのです!
「秋の夜の会話」ってどんな詩?
それでは早速、「秋の夜の会話」の本文を見てみましょう!
こちらです。
さむいね
ああさむいね
虫がないてるね
ああ虫がないてるね
もうすぐ土の中だね
土の中はいやだね
痩せたね
君もずゐぶん痩せたね
どこがこんなに切ないんだらうね
腹だらうかね
腹とつたら死ぬだらうね
死にたくはないね
さむいね
ああ虫がないてるね
タイトルにある通り、カエルたちがこの会話をしている時の季節は、秋。
秋を越えて冬を迎えると……そう、カエルたちは冬眠してしまいますよね。
「秋の夜の会話」は、もうじき冬眠に入るカエルたちが、囁くように会話している様子を描いた詩なのです。
「秋の夜の会話」のココがエモい!
「秋の夜の会話」のエモポイントは、2つあります!
- 雰囲気の静けさ
- カエルたちが感じている切なさ
それぞれのエモポイントを、順番に見ていきましょう。
雰囲気の静けさ
「秋の夜の会話」をご一読いただければ分かるかと思いますが、この詩を読むと、なんとなく静かな気持ちになりませんか?
季節は秋で、時間は夜で、もうすぐ冬に向かおうとする風は冷たく、辺りに響くのは小さな虫の声だけ……。
シチュエーションからして切なさMAXなのに、そのうえカエルたちは、もうじき入る冬眠のことを、「土の中はいやだね」と、ネガティブな気持ちで話しています。
生き物にとってはごく当たり前に行われているであろう「冬眠」を、こうして「いやだね」と話させることによって、「カエルたちにとって冬眠って『いや』なものなんだ……」とハッとさせられ、なんだか少し同情してしまいます……。
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カエルたちが感じている切なさ
カエルたちが感じている切なさ……これは、「秋の夜の会話」における、一番のテーマですね。
お互いの姿を見て、「痩せたね」「君もずゐぶん痩せたね」と言葉を交わすカエルたちの様子から、すごく寂しい雰囲気が伝わってきます。
気になるのは、「どこがこんなに切ないんだらうね」という片方の問いかけに対する、「腹だらうかね」という言葉。
蜜柑
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ここの会話から、カエルたちは「空腹を切ないもの」として捉えていることが分かります。
しかし、本当に切ないのは「腹」だけなのでしょうか?
私は、もしかしたらカエルたちは、「腹」と一緒に「胸」も切ないのではないかな、と思います。
すっかり寒くなった秋の夜に、痩せた姿で、仲間と身を寄せ合って囁き合うカエルたち……。
きっと、心のどこかで「寂しさ」を感じていて、その寂しさを、空腹による切なさと混同しているのではないかと感じました。
もしそうなのだとしたら、自分の気持ちを正確に理解しきれていない辺りに、寒くなったことで思考が鈍ってきている感じが表れていますよね。
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「秋の夜の会話」のメッセージとは?
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まとめ
以上、草野心平「秋の夜の会話」についての紹介でした!
実は私、リアルのカエルってあまり得意ではないのですが、でもこうしてカエルたち自身の言葉で、彼らの生活の様子が紡がれている詩を読むと、なんとなく親近感が持てて、そこもまたこの詩の魅力だなと感じました。
気の早い話ではありますが、季節が巡って秋が来たら、ぜひ虫の声に耳を傾けつつ、この詩を読んでみてくださいね!
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